人の死とはあっけないもの3

26日7時過ぎ
斎場の職員の方が来る。父と今日の打ち合わせ。

8時半位
ぞくぞくと人が集まってくる。
夫の父母も電車で1時間半かけてやってくる。7時に家を出たんだろうなぁ。
遠いところありがとうございます。

9時前
親族一同で記念撮影をする。
北海道では当たり前だと思っていたけど、こっちはでは葬儀の時の
集合写真は撮らないらしい。都会だから???

9時過ぎ
おじいちゃんの顔をデジカメで撮る。
撮影中、祭主様(神道)が「おはようございます。」ってきて気まずい雰囲気。

9時半
告別式開始。

10時
告別式終了。
火葬場では顔を見られないので最後のお別れをする。
祭壇にあった花の9割を棺桶に入れる。ここでも写真を沢山撮る。
おばあちゃんが落ち着いたら写真を見せてあげよう。

10時半
火葬場に向かって出発。

11時前
大阪市営の北斎場到着。
大阪のど真ん中にこんな立派な斎場+火葬場があるんですねぇ。
設備が近代的で興味があったらから写真を撮ろうとしたら
撮影禁止で係の人から注意を受ける・・・。

11時
火葬開始。
右隣は70代位のおばあさん、左隣は40代位の男性。
40代男性の方の親族の方は皆さん泣いておられました。
そりゃそうよねぇ・・・。こっちはおばあちゃん以外サバサバ。
斎場に戻る。

11時半
斎場到着。
昼食。今日の昼食は一人3700円の料理だけあって美味しかった。
昨日のオードブルは酷過ぎだろうw

12時半
骨を拾いに火葬場へ出発。
夫に「これがキツイ。」と言われる。

13時
骨が出てくる。
全然キツクないんだけど・・・。むしろわくわく。
火葬場職員の人が骨の部位を詳細に説明してくれる。
凄く丁寧で勉強になりました。悲しいとかは全然感じず。
喉仏がマジで胡坐をかいている仏そのもので感動。
興味深々で骨を見る。腰の骨も足の骨も凄く太くてしっかりしていました。
だから89歳まで自転車乗って外出出来たんだろうなぁ。

13時半
斎場に戻って初七日にあたる十日祭を行う。

14時
全て終了。

15時
おばあちゃんとその妹たちは車で帰宅。
両親、父の妹夫妻はタクシーで大量の荷物とともに帰宅。
私夫、妹、弟、いとこは手ぶらで電車で帰宅。
帰りにライフに寄ってお菓子やジュースを買いこむ。

15時半
祖母宅到着。

私はおばあちゃんの横でお昼寝。
他のメンバーはアルバムを見て談笑。

18時
夜ご飯。

20時
祖母の家を後にする。

21時前
自宅到着。




その他色々。

祭主様(神主さん)が若い方(30代?)でイケメンだった。
俳優でいうと福士誠治くん系。門真神社に参拝に行かれる方は是非w

おじいちゃんは昔の年賀状や手紙を保管していて
私達が1,2,3歳頃の写真が付いた年賀状を保管しておりました。
実家にも無いから超貴重品です。
父と母の結婚披露宴の冊子も持っていて、妹と弟は読んで突っ込みを
入れていたけど、ああいうのっておもしろおかしく書くのが当たり前なので
私の「まぁこんなもんじゃない?」という冷静な反応にがっかりしていた。



おじいちゃんに(正しくはおばあちゃんに作ったついで)食べてもらったもの。
覚えている範囲で。

去年の秋(9月、10月)
秋刀魚2回出す。

11月(大阪マラソン付近)
父は大阪マラソン、母と私は妹の住む金沢にプチ旅行。
金沢から帰ってきてすき焼き。
この時、父母、父の妹夫妻、私で祖父が無くなった時にどうするかを話し合う。

12月
実家からユリ根が大量に送られてきたので茶碗蒸し。

関電が節電節電ってCMでうるさいから、都市ガスのファンヒーターを購入。
暖房をガンガンつける。12月のガス代は二万円を超えていた。高っ!!

今年1月
弟が来ているというので551の豚まんを買って訪問。
弟は朝から深夜まで遊びまわっていて会えず。
2日後にもう一度訪問。お好み焼き。弟19時に帰宅。会える。

おじいちゃん確定申告の書類を書いていた。

2月14日(生きている祖父に私が最後に会った日)
塩ラーメン少し。お味噌汁用のお椀に入れて。

おじいちゃん確定申告の書類を記入間違いないか確認していた。
夫が飲み会で遅くなるのでそのままおばあちゃんの部屋に泊まる。
朝早く家に買える。15日の朝はおじいちゃんと顔を合わせず。

私は月に1度位しか祖父母宅に行けてないのでこんなことしか
貢献できてませんが、孫の中では一番貢献しています。
よって後悔は全くなし!!

以上。
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by arinosu-tanken | 2012-03-02 19:56 | 自己紹介 | Comments(0)
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